先日、最近では荒川漫画原作ベースでアニメ化された田中芳樹の「アルスラーン戦記」が完結しました。全16巻を約30年かけて。
自分が読み始めたのは最初の角川の劇場版を見たのがきっかけなので、二十年数年前?
ただその時点で第一部完の7巻まで刊行されていたので、残り20数年かけて9冊。正確に云うと9巻までは普通のペースで刊行されていたのに、作者が角川と喧嘩して刊行が止まって別の出版社に移ってから残り7巻を実質二十年で。
それでもとりあえず完結したことはめでたいことですが・・・以下ネタバレ。
蛇王様戦で最後まで生き残ったのはギーブ、ファランギースエラムだけ。
前巻でナルサスが突然何の脈絡もなく国境近くの手薄な城(しかも作中での距離関係が明らかにおかしい。正確に云うと「城の位置が移動した」としか解釈しようがない)に視察に出向いてヒルメスにぶっ殺された(巻き添えでアルフリードまで死亡)時点で、ほぼ皆殺しを当初から予想していた大半の読者も想定はしていたのですが、アンドラゴラスの身体に憑依した最後の蛇王様戦での十六翼将の殺され方が想定以上にひどい。
実質敵は蛇王様と蛇王様を復活させた尊師、傀儡となったインテリシュだけなのでその三人だけ狙えばいいところを、まともな死にざまはインテリシュと相討ちしたクバートだけ。
他の面子は誰もかれも「戦場で蛇王様と遭遇した→無計画に戦いを挑んで死亡」の繰り返し。ナルサスいなくなった時点でパルス軍は揃いも揃って脳筋状態になり果てます。
そもそも蛇王様は宝剣であるルクナバードでしか倒せないなら、最初からアルスラーンを前面に出して他のメンバーでフォローすればいいところを、誰もそれを実行せず次々と無駄死に。
それでもダリューン、ギーブ、ファランギースが揃った状態でやっと蛇王様と一騎打ちの状態に持ち込めたと思ったのに「じゃあ決戦は明日で」とあっさりその日は解散。
翌日ダリューンも蛇王様と一騎打ちして死亡したところで、アルスラーンがキれて蛇王様と一騎打ち→相討ちで死亡って、もう完全に事務的に殺してるからタチが悪い。
で、死の直前になってアルスラーン、何を思ったのかエラムにルクナバードを抜くように命令。エラムが抜けないと分かると「ああ、それじゃあ、しばらくパルスは暗黒時代だ。エラム、ルクナバードを抜ける人間を探せ」で絶命。
この瞬間、パルスでは「王権神授説」ならぬ「ルクナバード神授説」が誕生します。中世から古代シャーマン体制への逆戻りです。
で、生き残ったエラムたちは事前にアルスラーンが関係者だけシンドゥラに逃がしていた&不可侵条約を締結していた流れでシンドゥラに亡命。事前に買収してあったシンドゥラの荘園で亡命パルス人コミュニティを形成するわけですが・・・おい、それ以外のパルス国民は放置かよ。
確かにパルスの周辺諸国の王は、友好国であるシンドゥラ以外、蛇王様戦以前に全部滅亡に追いやっているので(考えてみればこれも酷い)他国が侵略してくることは当面ないのでしょうが、後継者を指名せずにアルスラーンが死亡したため、パルスは完全に無政府状態
十六翼将のうち王を名乗れそうな家柄の人間は全滅、その血をひく人間でさえキシュワードの幼子だけ。文官の最高位だった宰相のルーシャンも全く無意味に蛇王様の配下に殺されているので本当に誰も王のなり手のいない状態。
いや、蛇王戦での全滅を予期して王宮の女子供を逃がしているなら、高位の文官も逃がしてもしもの時の新政権の受け皿を用意しておけよ。
それもしない上に死の間際に突然「ルクナバード神授説」なんてものを持ち出すもので、その後パルスは五十年にわたって無政府状態
アルスラーン、合理主義の権化のナルサスに学んでおきながら、全く生かされていないどころか、自分が王家の血をひかないまま即位したというコンプレックスからか、完全に変な方向に思想がねじ曲がってしまっています。
そして後を託されたエラムにせよ、シンドゥラの北方チュルク侵略や東方侵略には手を貸すくせに、すぐ西隣のパルスは完全無視。
無政府状態を放置するくらいなら、いっそラジェンドラにパルス侵攻させて統治させた方がごく普通のパルス国民には幸せだった筈(ラジェンドラは政敵や国外勢力には容赦ないけど、普通の国民を害するような真似をする人物ではないわけで)。
シンドゥラがパルスを直接統治するのがアレなら、キシュワードの息子にラジェンドラの娘を嫁がせるとかいうごく普通の外交的判断すればいいところを、五十年間シンドゥラ国内のパルス人を保護するだけで、本当にパルス国内に対しては何の行動も起こさない。
シンドゥラ語を喋れるのに、公式の場では絶対にパルス語しか喋らなかったというエピソードなんて、亡命を受け入れてくれているシンドゥラ国民の神経を逆撫でするだけで何の利益もないわけで。・・・ああ、現実でもなんかどこかで聞いたような話だなあ。「戦争難民だから助けてくれ」と云うので受け入れたものの戦争が終わっても居座るどころか、挙句「強制連行されてきたニダ」とまでほざきだし、当の国の酋長は数代前までその戦争難民を受け入れていた国の言葉を喋れるのに、決して公式の場では使わなかったというヒトモドキの国が。
で、五十年経って、ラジェンドラが死んでその子供が即位して、その新王から「調べたらパルス無政府状態だぞ。兵を貸してやるからまずシンドゥラと隣接するペシャワール城(元キシュワードの居城)を落として拠点にしてはどうか」と提案されると「体のいい厄介払いだ」などとほざく。
コイツ、本当に腐ってやがると思って読み進めると、最後の最後に新キャラとしてキシュワードの孫が登場。
ペシャワール城を総攻撃する前夜、突然思い至ってその孫に「ルクナバードを抜いてみろ」と命じてみると、あっさりと剣が抜けて「ああ、アルスラーン陛下、遂に後継者を見出しましたぞ」。
コイツ、最後の最後まで本当はパルス国民のことなんてどうでもよくて、ただアルスラーンの命令だけを神聖視してただけじゃん。確かにナルサスの弟子をしていた頃からナルサスの命令にだけ忠実、ってキャラだったけど。
それでも新王朝の設立に寄与したとかならまだマシなんですが、キシュワードの孫にルクナバードを託した夜、十六翼将の幻影と遭遇して、その一団に加わって天に向かって消えていき、現実世界でもそのまま行方不明になる、というオチ。
中世の騎士物語のオチが全滅なのは、それこそアーサー王伝説からの定番ですが、アルスラーン戦記の場合、なまじ「奴隷解放」だの「民にとって理想の王とは?」とかやった挙句に、完全にパルス国民を無視した「ルクナバード神授説」で決着をつけるのだから、本当に救いようがない。
そのアーサー王伝説が元になったFate/stay nightのセイバールートで云えば、オチが「聖杯でアストリアさんの願いが叶って選定の剣を抜かなかった歴史に修正された」くらいひどい。物語の基盤丸ごとぶっ壊しです。
荒川版の漫画はまだ続いてますが、どう考えても第一部完の「王都奪還」で辞めた方が殆どの人間にとって幸せでしょうなあ。
それでも長い人間だと三十年以上待たされた読者がこれで解放されたと思えば、確かに「解放王」の物語だったと云えば云えるのでしょうか?