【第9回】奈良大淀病院事件

【第9回】奈良大淀病院事件
この“事件”は病院関係者界隈では知らない人間のいない、日本の産科を壊滅に追い込んだ事件の一つです(もう一つは福島大野病院事件)。
双方とも如何にこの国のマスコミが腐りきっているかの好例ですが、まずは大淀病院事件について、分かりやすくここでご紹介。


“事件”は2006年8月7日、奈良県南部にある町立大淀病院で起こりました。
まずwikiから軽く事件の概要をみてみましょう。
出産中だった32歳の女性がお産中に脳出血をおこし、転送先の病院で帝王切開による出産後、亡くなりました。
検察は死因となった脳内出血と、担当医が診断した子癇発作との判別は困難で、刑事責任を問えないと判断し、刑事事件としての立件を断念しています。
しかし遺族は当初民事訴訟はしないと言っていたものの、後日病院側の対応を不満とし、2007年5月23日に損害賠償訴訟を起こし、現在係争中です。

裁判の結果がどうなるかは分かりません。
ただ実際の医師の方のブログを何十と読んだ個人的見解ですが、極めて不幸かつ稀な事例で、救命の余地はあったとは考えられず、裁判で明らかになりつつある時系列通りに事態が展開したのなら、現場の医師達の判断も間違っていません。
またこの事件ではいわゆる“たらい回しがあった”とマスコミ報道がなされていますが、これも事実とは異なり、転院を断った病院も受け入れ先を探すべく努力していたことが明らかになっています。
なお所謂“たらい回し”の実態については、また稿を改めて。


さて、この“事件”の報道に如何にマスコミが関わっていたかと云えば、裁判で明かされた、亡くなった女性の夫の弁論時に明らかになります。
以下、そのやりとりを転載。


原告側弁護士「そのあと(奥さんが亡くなった後)大淀病院と話合いをされましたね?」
夫「9月21日、話合いをしました。ただその時、助産師さんと看護師さんがいなかったので、次回は全員揃った状態でとお話されました。そのあと病院から弁護士が入ったと。10月半ば、もう一度お話しました」
原告側弁護士「9月1日、産婦人科医先生と師長さんがお悔やみにこられましたよね。“子供の養育費を払え”とか“病院をめちゃめちゃにしてやる”といって胸倉をつかんだというのは事実ですか?」
夫「お悔やみではなく、ミスを謝りに来られるということで私たちは理解していたので。そうではなくてお悔やみだときいて。“全財産を使ってでも裁判に勝ってやる”といった覚えはありません。胸倉をつかんだということもないと思います。でも、父が先生の両肩をもってゆすって“ミスやったんでしょ!?”と言った。胸倉をつかんだという記憶はありません」
原告側弁護士「そのあと病院側とは?」
夫「一応話合いをしてもらいました。10月10日ですが、病院長・事務長・病院側弁護士さんだけでした。でも“病院に過失はない”“裁判するなら裁判してみろ”と言われました」
原告側弁護士「それまでは裁判をする気はなかったんですね」
夫「はい。その時には。でも報道の方から産科医を紹介してもらって、その方から原告側弁護士先生を紹介してもらって。3度目の話合いを持った方がいいといわれて、病院に申し込みましたが、断られました。個人攻撃になるからと。それで11月半ばの後半に陳述書を作りました」


夫本人としては、軽〜く云ってるつもりかも知れませんが、ここに注目。
『でも報道の方から産科医を紹介してもらって、その方から原告側弁護士先生を紹介してもらって』
完全にマスコミが結託して“医療事故”を作り出しています。
更にこのことは、同日に行われた病院側弁護士とのやりとりでハッキリします。


病院側弁護士「10月10日の話合いには私も参加していましたが、本件が報道される前の話ですが、国循(患者の搬送先)のカルテ開示は御家族でないとできないので、そちらからカルテやCTを取り寄せていただいて、その後お話しする予定でしたよね。約束しましたよね? 私どもはお待ちしていたのですが、国循から資料を取り寄せする努力はしていただいたのでしょうか?」
夫「えっと、それは。。。先生にお願いしたのですが。。。」
病院側弁護士「原告側弁護士のことですか?」
高崎さん「はい」
病院側弁護士「手続きしていただいたかどうか質問しているのですが」
夫「していません」
病院側弁護士「10月17日でしたか、ある日突然報道がでましたよね。報道とはいつごろから連絡を?」
夫「報道の3日前にいきなり新聞記者が来て、私を指名して、いらっしゃいますかと。 ボクは何か分からなかったので“留守です”と答えました。その話をすると父が“名刺だけもらっとけ!”と言われたので、追いかけてって名刺だけもらってきて。一回話をして。そうしたら次の日に新聞に出ました」
病院側弁護士「病院との約束を結果的に反故にしたわけですね?」
夫「はい」


大淀病院側は患者が亡くなった先の病院からカルテを取り寄せてから話し合いましょう、と云っていたことを夫は認めているわけです。
つまり、この僅か前に自分が口にした『“病院に過失はない”“裁判するなら裁判してみろ”と言われました』という部分は嘘っぱちだと分かるわけです。
何故か? 病院関係者が手元にカルテもないのに、裁判してみろ云々なんて云う筈がないし、そんなことを云うなら、カルテの取り寄せ要望なんて出す筈がないからです。
であれば、10月14日にやってきた新聞記者が遺族に何を吹き込んだのか? 容易に想像がつくというもので。
いえ、本当は10月14日より更に以前から、接触していた疑いすら浮かびます。


事件は毎日新聞のスクープとして「医療ミス」「たらい回し」の冠を付けられ、センセーショナルに報道されました。
毎日新聞奈良支局は2006年10月22日時点で「支局長からの手紙」において「結果的には本紙のスクープになったのですが」「何度足を運んでもミスや責任を認めるコメントは取れませんでした」と、医療訴訟すらおこされていない時点で医療ミスであったと主張しました。
その後、この毎日新聞の報道を元に徹底的な医師叩き、病院叩きが繰り広げられ、その結果、大淀病院の産科は閉鎖。これにより奈良県南部から産科が消滅。
毎日新聞の望み通り、奈良南部からは「産科の医療ミス」は消滅しました。

なお、毎日新聞は“奈良南部の産科医療ミスを根絶した功績”により(あれ? ひょっとしたら違うのかな?)、毎日新聞奈良支局は第11回新聞労連ジャーナリスト大賞特別賞、および坂田記念ジャーナリズム賞を受賞しました。
捏造報道どころか、事件を自ら生み出すことで賞を受賞できるなんて、本当に素晴らしい業界のようです、マスコミというところは。


しかも恐るべきことに、マスコミの介入の証明とも云える上の裁判での患者の夫と弁護士のやりとりはマスメディアに露出していません。
この“事件”の経緯に怒り、裁判の傍聴に訪れた心ある複数の人たち(産科医を含む)によって書き留められたものです。
彼らが立ち上がらなければ、我々は「公開された裁判」の模様すら知り得なかったのです。
我々はマスコミの何を信用したらよいと云うのでしょうか?
(続く)