【第25回】農業の戸別所得補償制度と米国とのFTA締結

【第25回】農業の戸別所得補償制度と米国とのFTA締結
民主党マニュフェストより。
【五つの約束】
〈4〉地域主権
 農業の戸別所得補償制度を創設。
【政策各論】
〈7〉外交
「米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結」


まずはマニュフェスト発表当日、鳩山代表の後を受けて各論を説明した民主党直嶋正行政調会長の記者会見から引用。
>【米とのFTA】
マニフェストの外交の部分で、米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結すると書いてあるが、前回の平成17年の衆院選、19年の参院選でもFTAを締結するという言葉はあったが、今回、なぜ、あえて米国とのFTA締結と具体的に踏み込んだのか』
>(直嶋氏)
民主党の政策の、基本政策をとりまとめたときに、やはり日米関係をしっかり緊密にしていかなければいけないということで、日米同盟の強化と合わせて、FTAの締結ということを基本政策で出させていただきました。従って、ここではこれを出させていただいたということでございます。もちろん、農業の問題をはじめ、いろいろと難しい問題もあると思いますが、全体的に日本のFTA、EPA(経済連携協定)の締結はアメリカ以外のところ、ヨーロッパ等含めて遅れていまして、やはり精力的に取り組まなければいけないというふうに思っております。』


以下、その後の頭が痛くなるような発言変遷一覧。
自民党農水関係議員
民主党マニフェストに「米国との間で自由貿易協定を締結する」と明記したことについて「日本の農業・農村社会を崩壊に導く」と批判する声明を発表した(7.28)
民主党細野豪志・政調筆頭副会長
「日米関係を安全保障だけでなく、経済などを含めた重層的な外交をしなければいけないという観点からも盛り込んだものであり、農産物貿易自由化が前提ではない」(7.28) 
民主党直嶋正行政調会長
「農業などいろいろ、難しい問題があるのは承知しているが、外交の基本方針として日米関係をしっかり緊密にしないといけないという意味だ」(7.29)
民主党菅直人代表代行
日米FTA問題をめぐり「わが党として米などの主要品目の関税をこれ以上、下げる考えはない」と言明。米などの関税撤廃を想定したものではないとの考えを強調(7.29)
民主党篠原孝「次の内閣」元農相
「日米FTAなどありえない話だ。米国側も簡単に飲める話ではない。 現場を大混乱させるもので、党としての正式な説明が必要だ」(7.29)
民主党鳩山由紀夫代表
「コメなどの重要な作物は簡単に(輸入の)道を開かせない。交渉でしっかり主張するので安心してほしい」(7.30) 
民主党、岡田幹事長
「現段階で具体的な議論をしているわけでないが、交渉をする際には農産物の扱いが当然、大きなテーマになるのは間違いない。しっかり国益を踏まえて交渉したい」
政権公約で日米間のFTAを結ぶことを目標に、政策として明示したが、無条件で結ぶわけではない。いろいろと条件がつく」。政権公約の最終版に向け追加や補足などを検討していることも示唆。(7.31) 


整理していても頭が痛くなるくらいの変遷ですが、これが昨日現在となると。

民主党は7日、衆院選マニフェストを修正し、「米国との間で自由貿易協定を締結」とした部分を「交渉を促進」へと後退させた。地方分権改革分野でも、「国と地方の協議の法制化」を追加する。
先月27日に発表したばかりの公約が相次ぎ修正された背景には、決定過程に各分野の政策担当者を関与させず、一握りの幹部だけで決める「秘密主義」が影を落とす。
「省庁縦割りの打破」を掲げる同党だが、官僚同様、内部の意思疎通の不十分さが招いた結果とあって、民主党政権が誕生したとしても政権運営に影響するとの懸念が出ている。
◇農村議員ら悲鳴
自民党の一部が、即農業を破壊するという非常に短絡的な主張を繰り返す。そういう誤解を招くとすれば本意ではない」。民主党菅直人代表代行は7日の記者会見で、FTA部分の修正理由をそう説明した。
民主党マニフェスト発表翌日の7月28日、自民党加藤紘一総合農政調査会最高顧問らが「FTA締結」の表記を「農業崩壊を招く」と批判し、全国農業協同組合中央会など、団体ぐるみの民主党攻撃が始まった。
これには同党の農村部選出議員らが悲鳴をあげた。筒井信隆「次の内閣」農水担当は、直嶋正行政調会長に「国内農業を損なうFTAは民主党の方針からそもそもあり得ない」と修正を直談判。当初、民主党地方分権の項目のみ見直す考えだったが、4日になって菅氏がFTA部分の修正方針を明言した。
しかし、軸足がぐらついた感は否めない。「麻生太郎首相を批判している場合じゃない。我が党のオウンゴールだ」。「次の内閣」農水担当OBの議員は、今回の執行部の対応のまずさを嘆く。
FTAは従来、農家への戸別所得補償制度創設とセットでマニフェストの農業分野に位置付けていたが、今回は外交分野に切り離された。「違う分野だからチェックが不十分になった。政治主導の政策決定過程が確立しないうちに、役人と同じ(縦割りの)ことをやっている」(同議員)
◇「至らない所も」
マニフェストを書く時にはあまりオープンにできない。限られた政調のメンバーを中心に詰めたので、やや表現が至らない所があった」。岡田克也幹事長は7日、広島市での記者会見で「秘密主義」の誤りを認めた。
それでも、同日は麻生首相に「あれは正式じゃないと言ってみたり、やっぱり正式だったとかいろいろ言われる」と批判されるなど、与党に付け入るスキを与えた格好。民主党の若手議員からは「政権を取った後もこんなことをやっていてはいけない」との危機感が口をついて出た。』


そして最新にして、民主党実質最高権力者の発言。

民主党小沢一郎代表代行は8日、米国との自由貿易協定(FTA)をめぐる党衆院選マニフェスト政権公約)の記述について、「農家には戸別所得補償制度の導入を提案しており、食料自給体制の確立と自由貿易は何も矛盾しない」と述べ、鳩山由紀夫代表が文言の修正を決めたことに異議を唱えた。
民主党は7月27日にマニフェストを発表後、さまざまな項目を修正。鳩山氏も発言を次々に変えており、「ブレる」批判は今後ますます強まりそうだ。
小沢氏は鹿児島県肝付町で記者団に「(自由化で)農産物の価格が下がっても所得補償制度で農家には生産費との差額が支払われる」と強調。農業団体の反発も「農協が一方的にわいわい言っているケースもある。ためにする議論でしかない」と切り捨てた。
民主党は元々、FTA締結と戸別所得補償をセットにして農業政策を詰めてきた経緯がある。小沢氏はFTAを後退させれば、目玉政策である戸別所得補償も修正を迫られる懸念があると判断したとみられる。
民主党は7月27日に発表したマニフェストに「米国との間でFTAを締結し、貿易・投資の自由化を進める」と明記。ところが、全国農業協同組合中央会(JA全中)などが「農業に壊滅的な影響を与える」と猛反発したことを受け、鳩山氏は4日、「より分かりやすく直していくことが必要だ」と修正を表明した。
これを受け、民主党菅直人代表代行は7日の記者会見で、日米FTAに関し、「協定締結」を「交渉を促進」に修正し、「国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない」との一文を追加する方針を発表した。』


あくまで個人的見解で云わせて頂ければ、実は純経済的観点からすると「完全な準備さえ整えば」という条件付きですが、なるべく多くの国とFTAを締結すること自体は、正しい方向だと考えます。
勿論その動機が本当に『戸別所得補償も修正を迫られる懸念があると判断したとみられる。』というのは論外なのですけれど。
そもそも自由貿易協定とは何で、何のために締結するものなのでしょう?
まずはその定義から。
『物品の関税、その他の制限的な通商規則、サービス貿易等の障壁など、通商上の障壁を取り除く自由貿易地域の結成を目的とした、2国間以上の国際協定である』
これが自由貿易協定=Free Trade Agreement=FTA、です。
ちなみにもう一つ、FTAに似た概念の言葉に経済連携協定(EPA)があります。
『2以上の国(又は地域)の間で、自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)の要素(物品及びサービス貿易の自由化)に加え、貿易以外の分野、例えば人の移動や投資、政府調達、二国間協力等を含めて締結される包括的な協定である』
これが経済連携協定=Economic Partnership Agreement=EPA、です。
ちなみにWTO世界貿易機関)が包括的に国際通商ルールを協議する場で、多国間の包括的な取り決めや紛争を解決するための組織又は会議であるのに対して、FTAはあくまでも二国間、若しくはブロック間で結ばれる個別的な協定です。
EPAの方が基本的にFTAより広い概念ですが、更に簡単に云うとこの一行で済みます。
「二国間の関税等の貿易障壁を撤廃し、互いの貿易を盛んにする」


云うは易いのですが、実際締結されるとなると、普段一般消費者が気付かないところで関税によって守られている国内産業との兼ね合いで難しいところが出て来るわけで。
日本の場合、関税で守られているのは専ら農産物が多いのに対して、農業国は工業製品に関税を掛けています。
これは互いに国内産業を守るための自衛措置であると同時に、自国の得意分野の商品を他国に売り込んで儲ける、ということが難しくなります。
ただグローバル化した現代で「自国だけ有利な条件で貿易をしたい」ということが認められるわけもなく、そのためにWTOという組織が存在し、最低限のルールと紛争処理能を行っているわけですが、とりわけ特定の国家間で「特に貿易を強化したい」際に締結するのがFTAならびにEPAです。
「特に特定の国と貿易を強化したい」という点から、WTOのルールより更に踏み込んだ貿易障壁の撤廃が必要となるFTAですが、実は一般に誤解されるように、例外措置を設けることができないわけではないのです。
その意味では民主党の菅氏が「わが党として米などの主要品目の関税をこれ以上、下げる考えはない」と云っているのは不可能ではありません。
但し、現在関税率が700%以上もある米の関税を守るために、他の農産物が犠牲になることは間違いありません。でなければ相手国がわざわざ日本とFTAを締結する意味がないからです。
日本とFTAを締結したい国は専ら農産物や鉱産物を売り込みたくて締結しようとする以上、日本が「この分野は駄目」というなら「その代わりに別の品目の関税を下げろ」と主張するのは当然のこと。
結果、米は守れても他の農業分野の関税が下げられ、その分野が壊滅、というのは大いにあり得る事態です。


それでも日本は工業国家です。
工業製品を輸出して儲けなければ、国民の生活が成り立ちません。
「日本は内需規模が大きいから内需で支えれば大丈夫」という少し前の幻想は、この世界経済危機で木っ端微塵に砕かれました(確かに内需が大きいのは事実ですが、外需で稼いでこそ内需に回せたという側面が大きかったことも判明してしまったわけで)。
従って、FTAをなるべく多くの国と締結する方向に舵を切らなければならないのは必然なのですが、そうなると農業分野が壊滅し、食糧自給率が大幅に下がることは間違いありません。
それを防ぐために制度上必要なのが「農業の戸別所得補償制度」です。
しかし今まで議論として分かりにくかったのは民主党が単体で「農業の戸別所得補償制度」だけ謳っていたからであって(FTA締結についても目立たないところで書いていたようですが)、これではただ単に国民の税金を農家にばら撒いているだけです。
つまり、FTA締結による農業自由化=戸別所得補償制度がセットでないとおかしい。
イコール、昨日の小沢一郎氏発言は、実は論理的には正しいのです。


ですが。
農業団体から批判されると、突然民主党鳩山代表を始め幹部連中揃って(小沢一郎氏だけ除く)、方針を転換し、日米FTA締結に消極的になりました。
これは彼らが「農業の戸別所得補償制度」を「ただ農村票獲得のためのばら捲きであること」を自白したことに他なりません。
ちなみに、というか公平のために書くと、自民党も基本FTA締結推進派です。
ただ農家に個別にばら撒くなんて制度を構築するにも難しく(基準価格決めるだけでも大騒動必至)、何よりばら撒くための予算が現実には絞り出せないから、大々的に打ち出せないだけです。
ですが、無原則に、FTAも締結する気もないのにただ農村票獲得のためだけに、国民の税金を農家に一方的にばら撒こうとする民主党よりはまだマシです。
ただ本来は自民党もFTA締結しようとする以上「農業の戸別所得補償制度」を検討しなくてはならないわけで無責任といえば無責任ですが(自殺された農水族のドン、松岡議員なら党内を纏められたかも知れませんが)。
「どっちもどっち」だと思いますけれど、皆さんはどちらがマシだと思われるでしょうか?
(続く)